今日の一ノ紅阿音は憂鬱であった。
珍しく上忍から直々呼び出され任務を受けてみれば、
資産家の「星井兼元」という人物の護衛をせよという命令。
それも寝室を護衛せよという依頼人直々の指定であった。
このような護衛任務、本来であれば駆け出しの自分には回されないような任務であったが、
依頼人である兼元氏が阿音を直接指名したのである。
その兼元氏に会ってみればなぜ自分を指名したか身にしみて思い知った。
如何にも金欲、物欲、色欲に凝り固まっているような男だ。
先ほどからにやにやしながらバスローブ一枚羽織ってこちらを見つめてくる。
テーブルにはワインボトルとグラスが二個。
ソファーに寄りかかりながら兼元氏は阿音が隣に座るのを待っているようであった。
「立ちっぱなしで疲れただろう。どうだね、こちらで一杯やらんかね。」
それ、おいでなすった。
「えっと、未成年ですし、お酒はちょっと・・・」
ワインの中に何が入っているか分からないし、と心の中で付け加えながら、
阿音は手をひらひら振って拒否した。
全くいい気なものだ。
上忍から「くれぐれも依頼人に対して粗相のないように」と厳命されていなければ、
腕の一本でも捻っているところだ。
これでもこの男は剛腕の資産家で、それゆえにかの「暗殺屋」に命を狙われているらしい。
第三者からの暗殺依頼を金で請け負い、どんなターゲットでも必ず仕留める謎の刺客。
阿音も都市伝説レベルの話と思って聞いていたが、どうやら実在するらしい。
自分を含めた数人の忍びが護衛の任務に付いているのも、この暗殺屋を警戒してのことだ。
しかし、これだけの人数が守っていれば暗殺屋も手は出ないだろう・・・
などと呑気に考えながらあくび一つすると、
さっさと護衛の任を解かれないかなーなどと思う余裕も出てきていた。
ふと、風が吹き込んだのを感じた。
妙である。
今夜は冷えるので部屋の窓は閉め切っているはずであった。
兼元氏は依然ソファーで寛いでいる。
念のために、いや、自分を納得させるべく阿音は兼元氏に尋ねた。
「・・あの、兼元さん、今窓開けました?」
兼元氏は怪訝な顔を浮かべながら答えた。
「いや、ワシは開けておらんよ?そういえば、さっきから風は入っとるのう・・」
阿音は、おそるおそる窓のほうを見た。
心臓が止まるかのような戦慄が阿音の身体を駆け抜けた。
さっきまで自分と兼元氏以外誰もいなかった部屋。
しかし今は、開け放たれた窓を背にして立つ背の高い黒装束の男がもう一人。
腰には自分が言えた義理ではないが、時代錯誤な日本刀を一本差している。
異様に小さい黒目には一切の光が灯らず、凍りついた視線をこちらに向けてくる。
視線が人を射殺すのであれば、阿音はこの時に死んでいたかもしれない。
しばし呆然としていたが、
いつの間にか自分の背中に隠れた兼元氏の震えた声を聞いて阿音は我に返った。
太ももに取り付けた刀をスラリ、抜き、逆手に構えて前に突き出した。
普段は真剣を与えられず模造刀を下げているのだが、
今日は護衛任務ということで上忍から真剣の携帯を許可されていた。
無論、真剣を握るのは今日が初めてである。
その手は、意図せず小刻みに震えていた。
「た、頼む・・・金ならいくらでも出す!だから、殺さんでくれ!」
命乞いする兼元氏を背に隠しながらじりじりと後ずさりする阿音。
幸い、この寝室は10畳以上と無駄に広い為、距離を取るには困らなかった。
「あたしがいる限り、この人には指一本触れさせない・・・!」
我ながら、心にもない台詞が言えたものだと阿音は思った。
「・・そうですか。」
兼元氏のものではない男の声が、背後から聞こえてきた。
ハッと気づくと、先ほどまで自分の前方にいたはずの暗殺屋が忽然と姿を消していた。
おそるおそる、後ろを振り返る阿音。
そこには・・
目を見開きながら恐怖を訴える兼元氏の顔。
そしてその顔が表情を変えぬまま、少しづつ右にずれてゆく。
身体は動いていない。顔だけが、つつとずれていくのだ。
ころり。
肥え太った兼元氏の身体から、とうとう零れおちた、その顔。
その瞬間、どろりと赤い液体が主を失った首からあふれ出た。
死んだ。
目の前で、人が死んだ。
初めての経験に阿音は涙がこぼれ、ぞわぞわとした感覚が全身を駆け巡った。
暗殺屋は何事もなかったように腰のポケットに手を突っ込み、
すでに自分が侵入してきた窓のほうへ踵を返している。
悠々と、阿音の横を通り過ぎていくその姿を目にした時・・・
阿音の中で、何かが弾けた。
「・・待って!」
事も無げに歩く黒い背中に、阿音は声をぶつけた。
その背中は阿音の声にもぴくと反応することもなく、未だ歩みを止めない。
阿音は走って彼の前方に回り込み、再び短刀を突き付けた。
それを見て暗殺屋もようやく歩みを止め、おもむろに口を開きだした。
「・・君の護っていた男は先程死んだ。ならば、私と君の間に争う理由などないはずですが?」
「それとも君には、死んだあの男に仇を討ちたいと思うほどの義理があるとでも?」
その言葉に、阿音は己を納得させるように首を振りながら答えた。
「義理なんかないけど、でも・・・人が殺されるところを目の当たりにして、逃げようとする犯人を黙って見過ごすなんてことは、あたしには出来ない!」
阿音は決意を込めた瞳で、キッと、暗殺屋の切れ長の目を見据えた。
その目に、動きはない。自分をモノか何かを見るような目で見ている。
「・・長生きできませんよ、君」
暗殺屋の口から、仄暗い声が吐き出された。
言いながら、左の腰・・二尺八寸の長刀に手を掛けている。
「うああー!」
弾け飛んだように、阿音は短刀を右に振り被りながら踊りかかった―・・!
「うっ!・・・ぁ・・・・」
暗殺屋は、阿音が刀を振り抜き始めるのを見止めてから刀を抜いた。
それでも彼の刀は阿音の刀が降り終わるよりも早く、阿音の身体に届いていた。
刀の柄尻が阿音の鳩尾に突き刺さり、深くめり込んでいる。
阿音は大きな両目をはち切れんほどに見開いていたが、やがてゆっくりと瞼が下りて眠るようにして気を失った。
ずる、と崩れ落ちてゆく阿音の身体は暗殺屋の身体にもたれるようにして倒れたが、
意外にもその身体は地面に落ちることなく暗殺屋の腕に抱き留められた。

彼には、依頼された暗殺対象以外の人命に興味は無かった。自分自身のものも含めて。
「ん・・・あ・・・・・・」
浅い寝息を規則的に繰り返す阿音は、完全に意識を失い、
暗殺屋の女性のように華奢な腕に身体を預け深い昏睡に陥っていた。
一瞬の苦痛に顔を歪められることなく安らかな寝顔を晒している阿音を、
暗殺屋は如何に処するかしばし思案しながらその手に抱き続けていた。
*****
・・・・長!!
短く纏めるつもりが意外に長くなってしまった。
というわけで予告の答えは、一の名を持つくノ一=阿音、黒い暗殺者=暗殺屋・狂でした。
一撃さんのところの看板娘さんをお借りし、今回はお姫様だっこを描いてみました。
この子はとにかく可愛く描くを心がけているのですが、果たして上手くいったでしょうか。
自分で描いておいてなんですが狂の顔結構怖いかも・・・
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テーマ:イラスト - ジャンル:ブログ
- 2012/10/31(水) 02:56:47|
- 絵
-
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| コメント:4
え?長いですか?どんと来いですよ!(笑)
いや〜、この度はありがとうございます!
絵とSSの両方を楽しめてお得感たっぷりです。
a-ruさんはSSも考えることができて器用ですね〜。
前回の次回予告で(ひょっとして阿音が来るかも…?)とうぬぼれた考えを持っていましたが、
それが当たって嬉しいですね!
a-ruさんが描かれる阿音は可愛くって眺めていて楽しいです。
阿音はやはりこういう役まわりだな〜と思いました(笑)
ところで狂さん、落ち着いた話し方をしますが、
a-ruさんの脳内キャスティングではどんな声優さんのイメージでしょうか?
- 2012/10/31(水) 18:01:00 |
- URL |
- 一撃 #-
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>へのへのもへじさん
狂ってはいるけどクレバーでもあるんですよ。
>一撃さん
ありがとうございます!
文章書くのは結構好きなのでSSも書き始めると結構力が入ります。
阿音の性格描写とかも今回は結構熱く書いてみたり。
阿音は一撃さんの描かれる寝顔がめちゃくちゃ可愛いので何とかそれに近づこうと努力しました。
ちなみに狂のイメージCVは森川智之さん、若しくは成田剣さんですね。
>f.kさん
自分も完璧な仕事人、というイメージで描いてますね。
- 2012/10/31(水) 21:51:38 |
- URL |
- a-ru #NlZ9gfPw
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